HOMEROOM

vol.2

耳を澄ませば気づくこと

写真家 濱田英明さん

ウェブデザイナーから写真家に転身し、台湾をはじめ、アジア諸国で写真展などを行い、雑誌や広告など、国内外で幅広く活躍される濱田さんにとっての「働くこと」について伺うために、海を一望出来る神戸のアトリエを訪ねてみた。

__なぜ写真家を目指したのですか?また、写真を勉強するために学校には行かれたのでしょうか?

学校には行っていないんです。スタジオ勤務もしていないですし、師匠にもついていないんです。実は大学を卒業するときくらいにプロのミュージシャンを目指していました。と言っても、簡単になれるわけじゃなかったので、稼ぐために東急ハンズで働いていました。当時は、制服もなくて、シフト制でバンド活動がしやすいだろうなと思って入ったんです。でも、販促に配属されて、値札やPOP、看板だったりを作る仕事をしていました。そこでデザインのことを知って、今まで手作業で作っていたイベントのチラシがパソコン一台でできる!って衝撃を受けました。これは楽しそうだと思って、そのままアルバイトから契約社員になりました。でも、ハードな環境で働く中で、自分にとっての音楽の存在も変化していって。

__その後はどんな生活を送られていたのでしょうか?

フリーランスになるまでに3回転職したのですが、結婚をして子供も生まれて、自分の生き方もだんだん変わっていきました。学生の頃から写真が好きだったので、自然と子供の写真を撮るようになりました。ブログに載せるうちに、良い反応をいただいて、ちゃんとやりたいと思えるようになって。インターネットやSNSが出来て、カメラもケータイからコンパクトデジカメやデジタル一眼レフになり、アウトプットする方法が一気に発達した時代で、僕はそれを享受する世代だったんです。ただ、評価が想像するよりもどんどん上がってしまって…。気づいたら海外のメディアに取り上げられ、台湾での展示の話をいただいたりして。いろんな人に「プロなの?」って聞かれるんですが「趣味なんですよ。」と言うのにだんだんと違和感を抱くようになって。作家でもなく趣味ですって言っている自分にこれでいいのかな、と思うようになりました。でもその一方で、これを仕事にしようなんて全然思えなくて。

__趣味で写真を発表している時も、会社務めをしていたんですか?

WEBデザイナーをしながら活動を続けてました。でもWEBは日々変わっていくし、技術も独学だったので限界をすごく感じていて。辞めてフリーでデザインをやるという自分も想像できなかった。 その一方で、写真は、すごく評価していただいてたんですね。といっても自分の子供を撮っていただけなので自分に対する評価は低いんです。自分の評価とまわりの評価にすごくギャップがあって、ほんとかな?という気持ちが2年くらい続いてましたね。でも、そのギャップがどんどん埋まってくるタイミングがあったんですよ。みんなが良いって言ってくれてるのは、こうやってるからだろうなって納得できた部分があって。

__周りの評価と自分の評価のギャップが近づいて来たっていうのは、人の評価が降りて来ているわけではなく、濱田さんが近づいていったってことですよね。

自分の撮っている写真がなぜみんなに評価されるのか、自分なりに思考を深めたんです。見ていただいた方からの感想には自分でも気づいてなかったことがたくさんあって、そういうところをもっと良くしよう、という感じで続けているうちに自分の中でなんとなく、こうすればこうなる。っていうのが見えて来たんです。ようやく自分の写真に自信がついてきたのと、デザインの仕事に限界を感じていたタイミングが全部合ったときに、直ぐに会社に電話して「辞めます。」って。翌月には「写真家になります。」ってみんなに報告しました。

__すごい!背中を押されたきっかけは何だったんですか?

簡単に言うとインターネットの向こう側にいる人たちからの評価です。もちろん、海外で3、4回展示していた経験も大きかったです。ウェブデザインの仕事をやめて、毎日スーツを着て、満員電車に乗って働くということも、もう無理だなあって考えた時に、とりあえず今できることって写真しかないって思ったんです。ある意味ですごく後ろ向きな選択ですよね。でも、写真の世界に行こうと思えたのは、全然知らない人たちの評価が大きかったから。何となく楽観的にいけるって思っちゃったんですよね。 良いって言ってもらえるものがたまたま写真だった、そのタイミングで選び取れる選択肢がそれしかなかったんです。

__影響を受けた写真家さんはいますか?また、どうやって今のスタイルになられたのでしょう?

好きな写真家さんはいっぱいいますよ。色味やトーンが近くて他の写真家さんと作風が似ていると思われこともありますが、それぞれで見ているものが全然違うなと思います。僕が大切にしているのはまさに何を見ているかという部分なんですよね。トーンや色味は数値がわかればある程度は再現できますが、何を見どう撮るかって言うのはその人にしかないものだと思うんです。それが今は、見た目の重要性がどんどん高くなってしまっているように思います。もちろん見た目の良さは最低限必要なんですが、どう世界と向き合って、物事を見ているかというのが僕には重要です。

__前職で嫌だっていうのがあって、今の職を見つけれたわけですがこれからもずっと、写真家を続けていかれるのですか?

働き方とか生き方の話になると思うのですが、「これしかない。」って思い込むのが一番怖いなと思っています。もし行き詰まった時にどうするの?とならないように常に、何か2番目にできるものを持っておいた方が良いって思ってるんです。主軸にしている事自体を自分の全てにしたくないんです。今できることがたまたま写真だっただけで、他にも何かできるかもしれないという可能性は自分のなかで潰したくないんです。

__生き方を決めるのってある意味で難しいと思いますが、どうすれば見つけられると思いますか?

しあわせな働き方には3つの要素があると思っていて。1つめは「好きなこと」、2つ目は「できること」、3つ目これが一番大事なんですけど、「向いていること」。好きなことは、僕にとって音楽でした。できることはデザイン、そして向いてることは写真だった。ただ、音楽は好きだったけれど芽が出なかったし、デザインは仕事にできたけれど好きではなかった。でも写真は、撮ったらみんなが良いって言ってくれたんですね。写真は好きだったし、幸いカメラはシャッターを押せば取り合えずは写ります。笑 この3つが噛み合って、さらに社会から求められている状態というのが、僕にとって一番幸せな働き方だと思っているんです。ありふれた話だと思うんですが、これを若いうちに自分で、見つけられる人って、そんなにいないと思うんです。どれかがやっぱり欠けてしまう。だからもし仕事のことで悩んでる人がいれば、この3つを見つけて欲しいなと思っています。あと、“向いていることは、自分では分からない”ですよね。ほんとうに向いていることは息を吸ったり吐いたりするのと同じくらい自然なことなので自分では気づけないんですよね。僕は自分が写真に向いていると気づくのにすごく時間がかかった。でもまわりの人がそれを教えてくれたから気づけたんです。そのためにも、もっと周りにをすましてみると良いと思います。みんなぽろっと言ってたりするんですよね。それすごいな!って褒めてくれたりしますが、自分には当たり前すぎて、ふーん。ってなっちゃうんですよね。でもそこに耳を傾けるとすごい可能性が広がるなって思います。

__向いていることをみつけた後、どうすれば結果が出ると思いますか?

やり続けるしかないと思います。その続けることがむずかしいんですよね。とにかく続けて、1人でもいいね!って言ってくれる人が現れたら、その人のことを信じる。謙遜はしてもいいと思うけれど、そんなことないですよ。で終わってしまうと、もしかしたら自分の未来を、自分で潰してしまうかもしれないんです。

__最後に、写真家の魅力、醍醐味、を教えてください。

人と異なることに価値を見いだせるのが写真の魅力だと僕は思っています。僕は写真は競い合う必要がないと思ってるんですよね。それぞれ異なっていてOKなんだよって。例えば、今ここでこのコップを撮りましょうってなった時に、それぞれ違うはずなんです。真っ正面から撮ったり、真上から撮ったり、近くから遠くから、もっといえばコップ自体を撮らなくても「写す」ことはできる。どんな風に見たかっていうことに、その人がどう生きてきたかが映ると思っていて、それに対して順位を付けるのはすごく無意味な気がするんですね。それは、僕の生きてきた道に当てはまるんです。誰かが決めた枠組みのなかでずっと競わされたいたような気がしていて。ほんとうはそんな必要もないのに。大阪に住んであえて神戸にアトリエをかまえているのも、東京に住まなくても自分のやり方を磨けば一流の仕事ができるかもしれない。必ずしもみんなと同じ場所にいなくてもいいし、そういう人が増えたらいいなと思います。もし悩んでいる人がいたら、自分が学んだことを写真を通して、伝えたいなって思っています。

働くこと、生きることについてについて悩んでいる人が多い世の中、私達自身もお話を伺っていろんな気づきがありました。決してものづくりをする人たちにだけでなく、さまざまな職種の方に響くインタビューだったのではないかと思います。選択肢がたくさんある時代「これしかない」と思わず、自分で可能性を広げる生き方ができれば少しづつでも世の中が良くなるなと感じました。

写真家
濱田英明
Hideaki Hamada
1977年兵庫県淡路島生まれ。 大阪在住。 2012年9月、35歳でデザイナーからフリーのフォトグラファーに転身。2012年12月、写真集『Haru and Mina』を台湾で出版。『KINFOLK』(アメリカ)や『THE BIG ISSUE』(台湾)などの海外雑誌ほか、国内でも雑誌、広告、記念写真撮影など幅広く活動中。
http://hamadahideaki.com/