iPhoneを一眼レフカメラにしてしまう!?

31.01.2012

本日、superheadzのサイトを見ていてビックリ!
いつも使っているiPhoneが一眼レフカメラになるガジェットが出てる〜!DSLRマウントを付けることで、一般のカメラレンズが装着出来るという優れもの。カメラ好きにはたまらないアイテムの登場ですね!?どこまで使えるのか?不明ですが、チャレンジしてみてもいいかもですね!?
金額は24,150円(税込)にてsuperheadzのサイトより購入可能です。

未来都市マスダールシティ

10.01.2012

ぜんぜん知らなかったんですが、2008年にアラブ首長国連邦に未来都市を建設しているという事実。あ~情けない!と思った。で調べてみたのですが凄いっす。都市の名前は「マスダールシティ」。世界発となる二酸化炭素を一切排出しない都市が開発されているんですね!
総事業費は約2兆円。人口は約5万人が住める人口都市で2020年~2025年の完成を目指し、現在建設ラッシュのようです。
何が凄いって、その都市のすべての電気は再生可能エネルギーにて供給され、ウインドタワーや太陽光発電の居住施設、市内には自動車を一切使用せず、自動で走る「自動ポッド」といういわゆる水平移動するエスカレーターのような歩道が張り巡らせ、プレゼンVTRを見る限り、本当に未来都市でした。
アラブ首長国連邦としても、これまで有限な石油資源によって豊かな国となり、キープしてきたわけですが、ここに来て世界でエネルギー分野の中心大国であり続けるために次世代エネルギーで一歩リードした国をアピールするためのプロジェクトであることは間違いないとは思うのですが、それにしても日本やアメリカが実現させていないことに着手出来るというのも、オイルマネーがある国だからこそ出来ることなんでしょうね!?
それにしても驚きました!

鉄屑業界のレジェンド?

06.01.2012

昨夜のカンブリア宮殿のゲストはアメリカで鉄屑の輸出会社を営むFUWA METAL USA社代表:増井重紀さんでした。
久しぶりにカンブリア宮殿を見て感動したので、ブログに残そうと思います。
鉄屑の輸出っ!?と聞いて、誰もがあまり興味もなければ、その業界で働いてみたいなんて考えもしない職種じゃないですか?その業界で「レジェンド」とまで呼ばれている増井氏とはどんな人物なんだ!?と興味津々で見たわけですが・・・本当に凄い!
福岡から大阪に出てきて、住友商事の鉄屑ビジネスに従事した後、同社のニューヨーク本社に転勤。鉄屑業界内ではかなり敏腕だったことがかわれ、米国ヒューゴ・ニュー社に引き抜かれ、副社長として18年勤務した後、独立。70歳を過ぎても現役で鉄屑業界のトップを君臨している増井氏。
4年前に作った増井氏の会社、FUWA METAL USA社は現在たったの6人。VTRの中で事務所が写ったのですが、年商60億の売上げを作る会社とは思えない小さなオフィスでした。
オフィスの大きさや会社の見え方なんかじゃないんですよね!?ビジネスの組み立て方次第で売上げは作れるし、伝説も残せるということが、この増井氏のドキュメントを見ていて思いました。 米国は戦時中に東南アジアなどに向けて、武器や弾薬を送る手段としてコンテナという箱を生み出し、荷を下ろした後、東南アジアなどの食品をはじめ、衣料品などを詰め込んでコンテナが戻って来た。これが当時の物流の始まり。しかし、今は米国に生産品がないため、貿易諸国から来たコンテナに何も入れず、空で戻していたところに目をつけたのが、増井氏でした。大手鉄屑企業(彼のいたヒューゴ・ニュー社など)は大きな船に大量に鉄屑を積み、輸送コストを抑え、貿易先に高額に売ることで利益を作るビジネスで大きくなってきたのですが、この空で戻っていくはずのコンテナ利用という発想の転換が鉄屑業界のビジネススタイルを変えることになるわけです。
増井氏の何が凄いって、最大手の鉄屑輸出企業に育てあげたヒューゴ・ニュー社にいれば、何の問題もなく、優雅に暮らせたかもしれないのに、そのビジネスのシステムそのものに疑問を抱き、ゼロから「鉄屑の輸送革命」を起こすあたりはかなりクレイジーだと思った。
でも、番組を見たあと、爽快な気分になったのは何故だろう?と考えてみたのですが、ビジネスのチャンスは誰もやっていないことを真剣に取り組むからこそ、生まれるんだなぁ?と思いました。次の日、会社出勤して早速、増井氏のビジネスの考え方を参考に何か考えてみよう!と思った。

後厄も抜け、気持ちも新たにする2012年のはじまり。

05.01.2012

昨年6月、阪神百貨店にトリトンカフェがオープンしました。オープン後スタッフ全員で集まるということが非常に難しくなってきたのですが、どうしても全員が集まり、僕の思いなどコンセンサスをとっておきたく、年末の忙しい時期に当社の忘年会を開きました。
数名、参加出来なかったスタッフもおりましたが、気がつけば30名もの大所帯になっていて、正直ビックリしました。人が増えるということは、意思疎通も難しくなるわけで、会社が進むべき方向性を見失いがちにもなります。だからこそ年内に全員で集まっておきたかったわけです。若干ですが、メンズ(草食系ですが)も増えていいバランスだなぁ?と少し離れたところでニヤニヤしながらみんなを眺めていました。数年前から考えたら、スタッフも総入れ替えに近いぐらい顔ぶれも変わっていることにも気付きました。スタッフの中には僕の右腕、左腕・・・となってくれる貴重な人材も育ってきており、今年は本当に期待の出来る年にしたいし、頑張ってくれるスタッフ全員とで大笑い出来る年にしようと決意しました。
そろそろトリトンという組織が、僕の手から離れ、スタッフだけで運営していくんだろうなぁ?と考えるだけで、嬉しい気持ちと寂しい気持ちが込み上げてきます。実際、会社というのは生き物であり、成長するのは当然なんですよね!?どの会社だって。そう考えると納得出来たりします。さぁ、2012年が本格始動します。引き続き14年目も頑張っていきますので、皆さん、応援のほどよろしくお願いいたします。

名古屋のデザインバカ!

30.11.2011

昨日、名古屋の敏腕デザイナーの集うOPENENDS・オープンエンズというデザイン事務所を訪ねた。
代表を務めるやのっちこと矢野氏は人の懐にすぅ〜と入り込むテクニックをもったあったかいヒトで、そのやのっちの右腕とも言えるマサオくんは、僕が久しぶりに出会った最高のデザイナーだと思うデザインバカである。ふたりとも凄くいい奴らで、本当にグラフィックデザインが好きなんだなぁ?と話をして感じた。
名古屋駅の喫茶店で1時間、オープンエンズの事務所に戻り3時間半、夜の会合で5時間半、トータル10時間ぐらい彼らと過ごしたわけですが、夜の部にはオープンエンズの二人以外に名古屋で活躍するクラッチというデザイン会社の蜂矢さんや名古屋デザインウィークの実行委員長を務める稲葉さんたちも集合してのデザイントークでした。まぁ、お酒も入っていることもありますが、みんな個性も強く、仕事だけではなく、「デザインをする」という行為そのものにまっすぐなことに感銘したし、地方におけるデザインシーンの活気づけを担おうと一生懸命、活動をしている話を聞いているだけで胸が熱くなりました。僕のいる神戸もこんな熱い連中がいれば、もっともっとデザインシーンが良くなるんだろうなぁ?とホテルに帰った後もひとりで妄想。翌日、神戸に戻り、気持ちも新たにデザインに向き合おうと思ったし、今回のようにデザインバカにもっと会ってみよう!と思った1日でした。

JAの農家を守る!のうそ。

17.11.2011

TPP参加表明を受け、日本はこれからさまざまな問題に直面するでしょうが、何より少し前進したように思います。2011年11月12日は「開国」の日です。
今回のTPPの参加表明で一番打撃を受けるのは、JA(農協)でしょうね!?これまで農協は国に対してTPP不参加への断固たる態度をとっていましたよね!?それもそうです。農家を守るために!という大儀を掲げてましたが、実際のところは、自分たち農協の職員900万を守るための発言なわけです。
当然、900万人の雇用と選挙投票権を守ることも大切なのですが、本当に日本の農業シーン、および農業改革を真剣に取り組むためにも今回のTPP参加は必要だったことでしょう。
しかし、僕的には現在の内閣(野田首相)の国策なくしてTPPへの参加表明をしたあたりは、賛成出来ない感じです。農協だけなく、さまざまなシーンで痛手を伴うことになるはずです。その痛手を痛手と思わないで済む国策を準備した上で参加表明をして欲しかったですね!?でも事実、船は動き出しました。国益をどんな風に守り、日本に有益な貿易ルールをつくることが出来るか?イニシアティブがとれるか?が最大の焦点でしょうね!?野田首相率いる内閣に期待すると共に、厳しい目で評価したいと思いました。でも応援します。頑張れ日本。

今話題にあがっているTPPについて!(自論)

09.11.2011

最近、テレビや新聞など各メディアで取り上げている「TPP(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreementの略):環太平洋戦略的経済連携協定」またの名を「環太平洋パートナーシップ協定」についてですが、誰が損をして誰が徳をするということはさておき、本当のことが知りたい!
大きく言うと「協定参加国間では関税をなくそう!」という協定のようですよね!?このTPPへの参加基準が環太平洋のみならず、EUやアフリカまでも含むと自動車などを含む輸出産業にもかなり効果がありそうに思うのですが、どうなのだろう!
しかし、テレビなどで問題にされている農業に関しては、政治家の方々も慎重な様子ですね!?そりゃそうです!日本がTPPへの参加を行うことで他の参加国より関税のかからない農作物が輸入されることで、日本の農家が打撃を受けるというシナリオがあるからです。実は違うと思います!日本の農家が打撃を受けるのではなく、農家の人に変わって流通を作って来たJA(農協)が一番打撃を受けることを懸念し、表だっては農業を保護するような話になっていますが、農協の保護なんだと思います。
日本の農家人口400万に対し、農協職員の数はなんと950万人。比例してないですよね!?既に解決出来る組織の大きさを超えてきているのが実情です。と同時に農協職員の選挙投票権を意識すると政治家も大きなことが言えない状況にもなっているということでしょうね!?
TPP推進することでマイナス要因ばかりでない気がします。
先日のブログにも書かせてもらったように、TPPを意識した改革を行うべきですよね!?例えば、自給率を上げるための農業シーンの拡大。ジャパンブランドが生きているうちに行えるジャパンフードの輸出拡大。そう考えると、農協の問題はおいておき、農家の方々にとっては、ビジネスチャンスとして拡大する可能性も秘めていますよね!?その環境づくりを行政が行うべきだと思います。
食の安全基準が崩れる!なども言われていますが、日本人が安いものだけ口にするのではなく、本当に安心して食べれる食物を確保するために参加国に対して輸入基準やルールを作ればいいんじゃないですかね!?今のような高い関税をかけるだけだない、新しい基準を。お互いの国がWinWinするための話し合いをする場がTPPなんじゃないですかね!?
だた気になるのは、米国が主導権を握り、自分の国の利益追求するシステムになるのあれば、このTPPはいらない気がします。原発問題などがその例なのかも知れませんね!?
結論!僕はTPP参加へは賛成です。
これを機に政治のシーンも一新出来るのではと期待感もありますし、大阪の橋本さんが言っている無駄がたくさん浮き彫りになり、何が必要で何が不必要なのか?国民に正しい情報を伝え、国民は正しい判断をしないといけない!もっと政治や経済に興味をもたないといけない時代に突入したということでしょうね!?
高度経済成長を迎え、終身雇用制度が蔓延化し、普遍化した時代はもう終わりです。
ちゃんと考えよう!ちゃんと作ろう世界の日本。

TPPを恐れるな!イスラエルを見習おう。

02.11.2011

まず、イスラエルの農業人口はたかだか8万人、それに対して日本の農業人口は400万人。食料自給率で言うとイスラエルは93%を維持し、日本の場合は70%と農水産省はデータを発表していますが、実際は40%ほどらしく、農業輸出高は21億ドルと両国ほど同じという数字を発表しています。この数字からもわかるように農業人口比較でも圧倒的に少なく、過酷な農地環境にも関わらず、イスラエルという国は立派な農業立国になっています。いったい何が違うのでしょう。
生産性が違うということでしょうね!?

持論ですが、日本の国家公務員と地方公務員の数を3分の1削減し、その人たちに新しい農業法人という雇用の場を担っていただき、国内自給率を上げると同時に生産性を高め農業輸出を行えば、イスラエルとは違った形での農業立国を構築出来るのではないでしょうか? また、日本の農業技術と生産性を向上させることで予測出来るバイオ、代替エネルギーの開発などの新たなビジネスシーンにもつながり、結果、安心安全な食物を得ると同時にクリーンエネルギーも手に入れることが出来るのではないだろうか?と考えるとわくわくするのは、僕だけ!?

これまで日本の政府が行ってきた現在の農家保護のためだけの輸入関税を廃止し、戦略的に協定を結ぶというTPPをうまく利用したら、恐れることなどないのではないか?と思うのですが・・・変な見解ですかね!?
当然、農業関係者の失業者がまったくゼロとは思わないのですが、新しいビジネスシーンの幕開けに繋がるだろうと思うわけです。
小泉前首相が言った「何か新しいことを行う際に痛手は伴う!」、この言葉を思い出しました。

日本という国であるという発想を改め、株式会社日本だと思い、経営したら良いのだと思います。

最近、思うこと。

02.11.2011

最近、よく感じ、よく考えることがある。
それは仕事であるかもしれないが、携わるデザインやクリエイティブに対して、希薄な感じを受けることが多い。会社や上司からのミッションを遂行するだけの日々を過ごし、自分のためであるクリエイティブ追求などを自発的に行うシーンを見受けなくなった。それは自分の会社の中だけなのか?それとも世代全体的なことなのか?僕がデザイナーを目指すようになったのは、21歳の時、それ以前はアパレルの会社で販売員をしながら、デザイン学校に通っていた。当時勤めていたアパレルの会社では、結構な売上げを作る売り子だったので、採用から半年ほどでインポートブランドの新店舗の責任者を任命されたほど・・・(笑)。当時19歳。しかし、デザインをすることの楽しさや自分の目指すクリエイティブを考えるとアパレルではないなっ!と思い、21歳の時に通っていた大阪デザイン専門学校を辞め、個人のデザイン事務所の門をたたきました。そこで過ごした5年間が僕の全てを構築したと言って過言ではないでしょう。言えば、その師匠のDNAが今の僕に染みこんでいるということです。そこで学んだことは、今のトリトンの指針とも繋がっていますが、「妥協しない。諦めない。人(お客さん)を喜ばせる。自分がハッピーになる。」でした。
それを真剣に取り組むことで体力的、精神的にしんどくなることも多々ありましたが、ミッションを達成した先にある喜びを感じられることが、一番楽しかったし、幸せでした。(当時のデザイナーの給与は薄給でしたよ、当然。)今考えたら、Macなんて無かったから、全てが手作業だったし、仕事量も多い時代だったので、ほぼ会社で過ごしたし、たまに師匠の家に仮眠しに戻ったりすることもあるほど、ほとんどの時間を師匠とデザインをするという行為に割いていた感じです。そういう意味ではその時代と師匠に感謝していますが。
今考えたら、会社の仕事も大変で週の半分は徹夜していた感じですが、自分の作品作りやクリエイティブの追求をする時間は作っていましたね!?当時の睡眠時間は1〜2時間でした。寝ることよりも作る喜びの方が大きかった気がします。自分で企画を作り、自分でデザインし、フィニッシュまで行う。このプロセスを楽しんでましたねっ!そんな感じで20代を過ごし、29歳の時にトリトンという組織を作りました。
僕も会社を作ったら、師匠の教えてくれたようにスタッフに教えて行きたい!そうやってたくさんの若手デザイナーを育てたい!と思っていましたが、今の時代と社会がそうさせてはくれませんでした。当然、時代や社会だけの問題ではなく、個人の考え方もあるのでしょうが、その考え方を作ったのは社会なんだろうし、それが彼らの過ごした時代だし、教育なんですよね!?きっと。
でも僕は、デザインに従事する人やクリエイティブに関わる人たちが生み出す努力の先に自分たちが満足でき、それに関わった人たちが喜べる瞬間が来ることを教えて行きたい。
努力は報われるし、努力なくして幸せは訪れない!ということを。だからこそ、瞬間瞬間を大切に、充実した時間を作って欲しいし、惰性で過ごして欲しくないわけです。全ては自分のためで、クリエイティブを惰性で行ってはダメだ!ということ伝えたい。

韓国発のクリエイティブ誌

25.10.2011

国や行政、企業の援助を受けず発行されている季刊誌「GRAPHIC」。実際に現物に触れたわけではないので、紙質やサイズ感などは不明ですが、アートディレクションにファイドン出版社の書籍デザインを手がけるNa Kimが担当するなど、かっこいいデザイン誌なんだろうなぁ?と想像は出来る。
日本の若いクリエイターやグラフィックデザイナーもこの韓国のアクションを見習って、自分たちが発信したいデザイン感の発表の場としてのデザイン誌を発刊して欲しいですね!?日本ってある意味、この部分では温度が低い気がするんだよねぇ~。やっぱり日本にもパトロン制度はいるね!?